下村氏にノーベル化学賞 蛍光タンパク質発見(中日新聞)
(2008年10月09日付)


 スウェーデン王立科学アカデミーは8日、2008年のノーベル化学賞を、青色光を吸収すると緑色に発光する「緑色蛍光タンパク質(GFP)」を発見した元名古屋大助教授、元ウッズホール海洋生物学研究所上席研究員の下村脩・米ボストン大名誉教授(80)=米マサチューセッツ州在住=と2人の米国人研究者に授与すると発表した。
 GFPを作り出す遺伝子を他の生物のDNAに組み込み、紫外線を当てると光る。これを標識にすれば、生体内のタンパク質の働きを生きたまま観察できる。この遺伝子は大腸菌や小さな動物細胞などに組み込むとよく発現するので、生命科学や分子生物学での便利な研究ツールとして世界中で使われている。
 下村氏は米ワシントン大にいた1961年、オワンクラゲからGFPを発見。その分離や精製にも成功、紫外線を当てると緑色に輝くことを明らかにした。
 共同受賞者の2人はマーティン・チャルフィー・コロンビア大教授とロジャー・チェン・カリフォルニア大教授。チャルフィー氏はGFPを生物研究で発光標識として使えることを証明。チェン氏は緑以外の色に発光させることに成功した。
 授賞式は12月10日にストックホルムで開かれる。賞金は1000万クローナ(約1億4000万円)で、下村氏ら3人で等分する


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 【ウッズホール(米マサチューセッツ州)=加藤美喜】「今の自分があるのは、天の導きだと思う。本当にラッキーです」。ノーベル化学賞の受賞が決まったボストン大名誉教授の下村脩さん(80)は8日、古巣である米マサチューセッツ州のウッズホール海洋生物学研究所で本紙の取材に応じ、日米をまたいだ長年の研究生活を振り返った。
 戦争中に少年時代を過ごし、終戦は長崎県諫早市で迎えた。「中学では勉強が一度もできなかった。戦争が終わったら、高校に入りたくても内申書を書いてくれる人がいなかった。興味があることをできるような、ぜいたくな環境にはなかったです」。でもその後、原爆で校舎を破壊された長崎医大薬学専門部(現長崎大薬学部)が諫早に移転。「家からすぐ見えるところに仮校舎ができてね。そこに入れてもらったんです。それが始まり」
 薬学の道に進み、同大学で安永峻五教授に師事。薬学から化学へと関心が広がる中、安永教授から名古屋へ内地留学を勧められ、名古屋大で平田義正名誉教授の研究室に入った。そこで従事したウミホタルの研究が成果をあげ、米国留学へと門戸が開いた。
 「僕は単なる研究生だったが、平田先生が『米国に行くなら博士号くらい持って行きなさい』といって博士号を与えてくれた。『給料も倍になるよ』と笑ってね。ありがたかった」と話す。
 ウミホタルの研究を評価したプリンストン大に招かれ、同大のジョンソン教授の勧めでクラゲの研究を始めた。それが今回受賞の対象となった緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見へとつながっていく。「安永先生、平田先生、ジョンソン教授(いずれも故人)の3人の指導がうまくリレーして現在に至った。結局、あてがわれたようなもんですが、そのおかげで今がある。天が決めてくれたんだと思います」
 名大の「平田門下生」からは、野依良治氏に次ぐノーベル賞。「ほかにも中西さん(中西香爾コロンビア大名誉教授)や、岸さん(岸義人ハーバード大名誉教授)などすごい人たちがいる。彼らがまだノーベル賞をもらってないのに、誰も知らない僕なんかがもらって…」と謙遜(けんそん)した。
 穏やかな大西洋を望む研究所から車で数分の、静かな森の中にある自宅で、下村さんは今も独自に研究を続ける。渡米後、子供2人とともに毎年、万単位のクラゲを採集し、助手も務めた妻の明美さん(72)は「一生懸命考えている時は何日も物を言わないで過ごす人。でも、研究者はそうだと思います」と、孤高の夫を評した。


[松野コメント]
 昨日のノーベル物理学賞に続き、今日は、化学賞に日本人の名前が登場した。
 オワンクラゲの蛍光物質の発見で、評価されたとのこと。おめでとうございます。
 さて、今回のノーベル賞受賞者の4名のうち、小林氏と益川氏は、共に、名古屋生れ名古屋育ち。名古屋大学卒業。今日の化学賞の下村氏も、名古屋大学で理学博士号を取得。・・・と、名古屋大学関係者率が以上に高いのだ!
 僕自身は、あまり名古屋大学とは縁がない(こともない?)のだが、近くの大学で、毎年天文公開セミナーに参加したり、イベントは見に行ったりと馴染み深い大学であるので、少なからず喜ばしい。
 このところ、名古屋はトヨタで持っていた感があるが、科学の基礎研究分野でもかなりのものであることが世界的に示されたわけだ。
  「なんとか、かんとか、・・・、 尾張名古屋は城で持つ」
といった言葉がフッと頭に浮かんだが、城ばかりではなく、他にもいろいろなものが秀でていることがわかり、うれしい限りだ。
 ちなみに、日本人のノーベル化学賞は、2002年の田中耕一さん以来の受賞である。本当に、おめでとうございます!
 および、名古屋大学の今後も非常に楽しみです!!


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