ノーベル賞受賞 記念講演会(中日新聞)
(2009年02月11日付)


 ノーベル物理学賞を受賞した高エネルギー加速器研究機構特別栄誉教授の小林誠さん(64)と京都産業大教授の益川敏英さん(69)が7日、母校の名古屋大で記念講演(中日新聞社共催)を行い、「小林・益川理論」や理論を考え付いた経緯を語った。質疑では、聴衆1200人のうち3分の1近くを占めた中高生からの質問に時間が割かれた。能弁な益川さんに、慎重に言葉を選ぶ小林さんと、対照的な姿が会場を沸かせた。講演前に名大大学院の山脇幸一、杉山直両教授が解説をした。


小林誠さん講演要旨「クォーク解明、日本の力」

 物質は原子からでき、原子は原子核の周りを電子が回っている。原子核は陽子と中性子からなる。陽子と中性子は2種類のクォークからできている。クォークは6種類、電子の仲間のレプトンも6種類あることが分かっている。
 クォークとレプトンには3種類の力が働いている。電荷の間に働く「電磁相互作用」、原子核を結びつける「強い相互作用」、中性子が陽子などに壊れる反応を引き起こす「弱い相互作用」だ。6種類のクォーク、レプトン、3つの力の枠組みを「標準模型」と言う。
 クォークは1964(昭和39)年に提唱されたが、55年に名大の坂田昌一教授が主張した坂田模型が背景にある。坂田教授は、陽子や中性子は、さらに基本粒子から構成されていると考えていた。62年にレプトンが4種類あることが明らかになり、クォークも4つとの4元模型の考え方が生まれた。
 70年代に4元模型を元に6元の標準模型が完成した。完成の決定的要因は、71年にトフーフトの提唱により、電磁相互作用の「くりこみ理論」が、強い相互作用、弱い相互作用でも同じレベルで説明できるようになったことにある。もうひとつは70年代半ばまでに新しいクォークが相次いで発見されたことだ。
 70年代に入って注目された理論の枠組みの中で、われわれはいかに「CP対称性の破れ」を説明できるかを考えるようになった。分かったことはクォークの4元模型ではCP対称性の破れを証明できず、6元なら可能ということだ。これが73年に発表した益川さんと私の論文だった。
 程なく4番目のクォークが、75年に5番目のレプトンであるタウ粒子が発見された。5、6番目のクォークを誰もが認めざるを得なくなり、われわれの論文が注目を集めるようになった。77年に5番目、95年にようやく6番目のクォークが見つかった。
 CPの破れがクォークによるものかを実験的に確かめる動きも出てきた。5番目のボトムクォークを含むB中間子の崩壊でCP対称性の破れが非常に大きくなることが指摘された。
 CPの破れを実験で検証するため米国のスタンフォード大と茨城県の高エネルギー加速器研究機構に、B中間子をつくる加速器Bファクトリーがそれぞれ建設された。電子と陽電子を衝突させ、B中間子がどのタイミングで崩壊するかを検証。CP対称性の破れは、クォークのフレーバー(種類)が変わるフレーバー混合が主な原因であることが証明された。
 しかし、宇宙の物質でなぜ反物質が消えたかを説明するには、フレーバー混合以外のCP対称性の破れのメカニズムが必要と考えられている。フレーバー混合は、実験室レベルの破れはほぼ説明がつくが、宇宙では別の考えが必要だ。
 レプトンのフレーバー混合は日本人により実験的に検証された。宇宙からの宇宙線が大気と反応してつくられる大気ニュートリノの振動は岐阜県のスーパーカミオカンデで発見された。ニュートリノ振動はニュートリノに質量があることを意味する。人間がつくったニュートリノでも日本で検証実験が行われている。
 レプトン、クォークについて理論、実験両面で日本の貢献は大きい。そんな中、益川さんとの仕事で貢献できたことをうれしく思っている。



 <粒子と反粒子> 物質を構成する粒子にはスピン(回転)や質量が同じで電荷が異なる反粒子がある。2つは衝突すると光などを出して消えてしまう。CP対称性があれば粒子と反粒子に働く物理法則は同じになる。実験的にCP対称性が破れていることが確認されている。宇宙が生まれたとき、粒子と反粒子は同じ数だけ作られたが、今の宇宙に反粒子は残っていない。CP対称性が破れているからとされる。

 <弱い相互作用> 自然界にある4つの基本的な相互作用の一つで、素粒子の間に働く。主に、原子核が電子とニュートリノを放出して崩壊、別の種類の原子核に変わる現象である「ベータ崩壊」を引き起こす力として知られる。基本相互作用にはほかに「強い力」「電磁力」「重力」がある。


益川敏英さん講演要旨「湯川博士にあえて議論」

 1955(昭和30)年、素粒子物理学者は度肝を抜かれた。当時信じられていた、鏡に映したように左右を入れ替えても物理法則が不変であるという「パリティー対称性」が破れているらしいと言われ出したからだ。
 それについて問われたパウリという偉い先生は「私は神様が左利きだとは思わない」と言ったらしい。だが、女性研究者のウーさんはパリティーが対称でないことを実験で示した。「神は左利きだった」ことを証明したという意味ではなく、パリティーの非対称を通じ「弱い相互作用」の構造が明確に分かってきたという意味で重要だった。
 だが、パリティーは非対称だけど、右と左を入れ替えるのと同時に粒子と反粒子も入れ替える「CP変換」をしてみると、対称性が保存されていることが分かった。素粒子論屋は対称性が大好きなのでよかったよかったと思ったが、世の中甘くない。64年、フィッチとクローニンという人が、CP対称性が破れていたということを実験的に証明する。
 新しく出た論文を紹介し合う研究室の速報会で、私が大学院に入って最初に当番になったとき、フィッチらのその論文があった。駆け出しの若造には解決できなかったが、のどに刺さった小骨のように残った。
 日本では、弱い相互作用を使った理論はあったが、どういう構造になっているかを分析するような理論はなかった。ヨーロッパには理論的諸問題を追いかけている人が一部だがいて、私はその流れをフォローしていた。
 71年、トフーフトらの研究成果を機に私は、CP対称性の破れの問題を取り上げる時期が来たのではないかと思った。小林さんも、私とは違う道筋だがこれを取り上げる時期が来ていると考えていた。72年に京大で一緒になり、この問題を取り上げることになった。
 だが、クォークが4つの4元モデルではなかなかいい解決法がない。ダメという論文を書こうと決心したとき、つきものが落ちたように、じゃ、6個にすればいいじゃないかと思いついた。
 私は弱い相互作用の理論的諸問題を追いかけていたが、日本では弱い相互作用は、当時一番完備していた理論的枠組みの1つである「場の理論」では記述できないという一種の信仰があった。
 そのことを坂田(昌一)先生や湯川(秀樹)先生にも申し上げた。私の考えでは、場の理論を変更しなければいけないならば、それのどこがまずいかを明らかにしてみて初めて分かるはず。坂田先生に議論を吹っかけたが、基本的にははぐらかされた。湯川先生には「場の理論が使えないという先生の主張は分かります。でも、トップダウン的にちょこちょこっといじって場の理論を変えることができると思いますか」と、額から汗が出る思いで話した。怒鳴られるかと思ったら、会議が始まるといって先生は連れて行かれた。
 当時の日本の理論研究者は、場の理論は使えないだろうと異口同音に言っていた。だが、どこがどうまずいのかを突き詰めて分析しているグループはヨーロッパにはあったが日本になかった。日本の研究のアプローチの欠点ではなかろうか。
 弱い相互作用の歴史を通じて、素粒子学は60−70年代進んだと思う。その中で、大きな世界の時流からは多少脇道を歩いていた人間にも生きるチャンスはあった。そういうことではなかろうかと思っている。


用語解説

<粒子と反粒子>
 物質を構成する粒子にはスピン(回転)や質量が同じで電荷が異なる反粒子がある。2つは衝突すると光などを出して消えてしまう。CP対称性があれば粒子と反粒子に働く物理法則は同じになる。実験的にCP対称性が破れていることが確認されている。宇宙が生まれたとき、粒子と反粒子は同じ数だけ作られたが、今の宇宙に反粒子は残っていない。CP対称性が破れているからとされる。

<弱い相互作用>
 自然界にある4つの基本的な相互作用の一つで、素粒子の間に働く。主に、原子核が電子とニュートリノを放出して崩壊、別の種類の原子核に変わる現象である「ベータ崩壊」を引き起こす力として知られる。基本相互作用にはほかに「強い力」「電磁力」「重力」がある。


[松野コメント]
 一般公開の記念講演だったので、僕も応募したのだが、見事に落選して、ノーベル賞受賞者の生の声を聞くことがかなわなく、残念だった。こうして、中日新聞に特集として記事で要旨が載せられていてうれしく思う。当日の雰囲気はあまり伝わらないが、それでも、貴重な話であるから、いろいろと参考にしたい。



この記事は、無断転用が禁じられていますので、この下のURLから記事を参照してください。
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/nobel_lecture/
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/nobel_lecture/CK2009021102000139.html
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/nobel_lecture/CK2009021102000144.html



トップへ
戻る


(C) Copyright 2001-2017 MATSUNO Seiji
Ads by Sitemix